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2011年5月

捨て猫に思うこと

可愛い猫カフェうたたねのブログですが、

こちらはOwnerが思ったことを好き勝手に綴っているブログです。

たまには腹立たしい~内容の記事も書きますので、

可愛い~猫ちゃんだけ愛でたい方は「うたたね写真館heart01をご覧くださいね。

本日は更に辛口です・・・pout 

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先週うたたねに捨てられた乳飲み子二匹は、

うたたねスタッフが自宅に連れて帰り、

睡眠時間を削りながら慣れない人口授乳をして

毎朝、子猫二匹と共に出勤して来ています。

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うたたねに子猫を捨てられるのは何回目かな・・・sign02

数えてみようかと思いましたが腹立たしいので止めました。

子猫を捨てられる度に思うのは、

「もう猫カフェ閉店しようかな…downということです(←本音ですよ)

去年の秋、立て続けに3回続いた時には本気でそう思いました。

猫を捨てられると保護や面倒はスタッフやボランティアさんが自宅でするしかなく、

その負担はとてもとてもとても重いのですsweat02

P1040460  

うたたねは猫の可愛らしさをたくさんの方に知ってもらう場、 

保護した猫を譲渡する場です。

猫を捨てられる場になること、

安易に猫を捨てる人間を助長するのであれば、

猫カフェを作った目的も意味もなさなくなります。

 

生まれて困るのであればどうして不妊去勢手術をしないのでしょうか?

生まれてしまったのであればどうして自分で新たな飼い主を探さないのでしょうか?

こんな言い方をすると批判があるかもしれませんが、

保健所に連れていく人間の方が

まだ自分自身で責任を負うという点ではまともかもしれません。

保健所の窓口で多少のお説教をされ反省する機会も辱めも受けます。

そして連れて行った乳飲み子の大半は即日殺処分され、

その事をずっと胸に生きていくことでしょう。

また、公園や河川敷に捨てる人間も心理的リスクを伴います。

「無事に誰かに拾われたかな…?」sweat01

「カラスに食べられてないかな…?」sweat01

「見つけた人が保健所に連れていかないかな…」sweat01等々…

捨てた後もずっと心配と後悔をし続けると思うのです。

でもうたたねに捨てた人間は「猫好きに拾われて良かった!」としか感じず、

反省する機会さえ与えられないのです。

動物病院もよく犬猫を捨てられますが

保護してくれる先生と、発見次第保健所行きの動物病院がありますからね、

私が知っているだけでも宮崎市内に2件ほど

「捨て猫は保健所行き」の動物病院があります。

捨てられる度に治療して保護して新たな飼い主を探すのは大変な労力ですから、

その先生を批判するつもりはありません、

絶対に安全な子猫の捨て場所なんてないということです。

犬猫などの愛玩動物を捨てることは、50万円以下の罰金、犯罪行為です。

 

 

春になり、宮崎県内の各動物愛護団体も猫の保護依頼に悲鳴を上げています。

毎年のことですが、保護して譲渡して~保護して譲渡して~の繰り返し…sweat01

宮崎では捨て猫も殺処分される犬猫も一向に減りません…。

お隣、熊本市動物愛護センターでは、

10年前は犬猫約1600匹にのぼっていた殺処分を

2009年には、犬1匹、猫6匹まで減らしています。

東京都千代田区では、2010年、猫の殺処分ゼロを達成し、

区内に推計3000匹以上いた野良猫は半分ほどになり、

トラブルや苦情も減ったそうです。

東京都や横浜市、熊本市や鹿児島市など先進他県で

殺処分を減らす取り組みとして行われているのは、

犬猫の不妊去勢手術への助成金+地域猫活動です。

 

全国犬猫助成金リスト

のらねこ学入門(地域猫の活動についての知識がたくさん書いてあります)

 

九州の政令都市・中核市では、

残念ですが宮崎市と大分市は取り組みがありません。

全国の先進県では既にマイクロチップへの助成金も始まっています。

口蹄疫の時もそう感じましたが、

宮崎の動物行政、保健所行政は遅れていると思われても仕方ありません。

犬猫の殺処分に毎年毎年たくさんの税金を使い続けても殺処分は減りません。

私達の納める大切な税金です。

自分達の大切な税金を殺処分に使い続けるのではなく、

殺処分を減らす助成金に変換しませんか?

皆さんの声を宮崎県庁宮崎市に届けて下さい。

知り合いに県会議員、市議会議員がいれば訴えて下さい。

市民を声を拾い、行政を変えて行くのが議員の仕事です。

行政を変えるのは市民の声しかありません。

地域猫活動も行政と地域とボランティアの協力なくして成功はありません。

そうした声が市民の意識もモラルも変えて行きます。

宮崎市も宮崎県も、そろそろ本気で取り組みませんか?

 

猫カフェうたたねは、捨て猫が続き閉店するのではなく、

保護猫がいなくなり一日も早く役目を終え閉店する日が来ることを祈ります。

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webデザイナーのうたたね写真館担当のスタッフが制作したPOP、

子猫ちゃんは新しい飼い主さん、一時預かりさん募集中です。

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石巻~女川へ ~其の三~

昨日の福島県での一時帰宅のニュース、

取材班が同行したお家は飼い猫が2匹生きていましたね、

立ち入り禁止区域になって約20日…weep

痩せっぽっちになって、それでも生きていた!

数日で、すぐに戻れると思ってペットや家畜を置いて避難した人たちの後悔の念は、

動物を飼ったことのない人には絶対に分からないでしょう。

時間は掛かりましたが、政府や福島の各自治体が

ペットを救出する方向で動き出し本当に良かったと思います。

一日も早く動物たちが救出されますようにと祈ります。

 

石巻動物救護センターは、

市街地でも比較的、津波の被害の少なかった場所にありますが

石巻駅から海側は津波の被害を大きく受けた地区です。

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そこから石巻漁港方面へ進むと地盤沈下によって道路や家が浸水しています。

海水なので自家用車で進むにはかなり勇気が必要ですが、

地元の方達は軽自動車でも走り抜けていきます…sweat01

 

海岸線を進むと、町の風景とは一変し、全損の建物が多くなりました。

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壊れた信号機の交差点では、普段と変わらないような笑顔で

おしゃべりをしながら歩いている子供達を見かけました。

 

この子たちはどこから来てどこに帰って行くのだろう…、

 

女川街道沿いには、たくさんの避難所が点在しています。

この辺りの壊れた商業施設の二階や駐車場も避難所になっているようでした。

少し進むと、津波の被害を受けていないように見えるきれいな海に出ました。

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万石浦は巨大な入海で、カキやのりなどの養殖が盛んな場所だったそうです。

入り江のようになっているので津波の被害が少なかったのでしょう、

漁船やクルーザーも見えます。

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でも、車を降りて近づいてみると、

駅や港は破壊され、船は穏やかな海を漂っているだけでした。

あたりに人の姿もありません。

 

帰りに仙台のお店に立ち寄った際に、

「女川には仕事でよく行った」というビジネスマンに会いました。

女川街道はそれはそれはきれいな海岸線だったそうです。

仕事でも女川街道を走るのは楽しみで、

「だから、まだ女川にはいけない」と言われました。

よく知っているから自分の目で見ることができないそうです。 

 

万石浦を過ぎ、小高い丘を下ると、突然目の前に女川町がありました。

Img_2694a

ここにはひとつの町があったはずなのですが、

全てが波にさらわれ、建物は形すら残っていません。

この写真の右手の丘の上には遺体安置所があり、

震災から四十九日のこの日はたくさんの方がいらっしゃっていました。

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『ようこそ女川へ』

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さんまの漁獲量日本一の女川漁港があった場所です。

漁港も町も壊滅的で、言葉が出てきませんでした。

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粉塵の中を走っているのは自衛隊と災害復旧車だけ、

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目の前の鉄筋コンクリートの建物は、

横倒しになっているのだと理解するのにしばらく時間がかかりました。

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見たこともないのに、まるで戦場だと思いました。

 

私には女川町の元の姿が、想像すらできませんでした。

 

この風景が私達が立っている場所から

見渡す限りずっと、果てしなく続いているようでした。

 

現地のボランティアは全然足りていません。

ゴールデンウィークは受け入れ態勢が限界だっただけです。

今日で震災から二ヶ月、

まだ人が住める場所も、

壊滅的な被害を受けた場所も、

被災者の大切な思い出を探すのも、

がれきや泥を処分するのも、人の手でしかできません。

復興には果てしなく長い期間が掛かると感じました。

石巻動物救護センターも連休中にインフラは整いましたが、

現在、犬猫は140匹を超え、ボランティアが全然足りないそうです。

被災地へペットフードや支援物資を配布する活動や往診も続けられています。

 

猫カフェの猫は「可哀そう…」と言う人もいます。 

でも、うたたねの猫たちは幸せです。

保護されている猫も幸せなのかもしれません。

ご飯をくれる人がいて、安全な寝床があるだけでまだ幸せなのかもしれません。

町が復興して皆さんが普通の生活が戻るには、

犬猫たちが家族と暮らせるようになるには、きっと一年以上掛かるでしょう。

半年経っても、一年経っても被災地を絶対忘れないように、

皆さんにも何らかの形で支援を続けてほしいと、

行ける人はぜひ被災地へ行ってほしいと願います。

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猫草の与え方

猫のお腹に溜まった毛を排泄させるための猫草。

ホームセンターで買ってきて、そのまま猫にムシャムシャさせると

草や土がお部屋に散らかるし、すぐに枯れてもったいな~いsweat01ですよね。

猫草を長持ちさせるコツご存知ですか?

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数本の草を引っ張るとスッーと抜けます。

与える分だけ抜いて、水洗いして猫の水の器などに差せば猫ちゃん大喜びheart04

一度に大量に与えればもどしてしまいますから

写真の量くらいが適量ではないでしょうか。

鉢は、猫の手が届かない半日蔭のベランダなどに。長持ちしますよ。

 

石巻動物救護センターが動画になりました。ぜひご覧ください。

私も後ろ姿が一瞬だけ映っていますcatface
http://bit.ly/ihPBHz

5/6 NHKのニュース
http://bit.ly/iFJpOu

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宮城県石巻へ~其の二~

石巻市街地で津波の壊滅的な被害を受けた地区は仙石線から海側、

線路から陸側は震災から45日が過ぎ、

床上下浸水の清掃もほぼ終り日常生活を取しつつある様に見えました。

石巻動物救護センターも線路から陸側、TVでよく見る石巻赤十字病院のすぐ前の

宮城県東部下水道事務所の敷地内にあり、

プレハブとテントを繋げて作られたシェルターはまるで野戦病院の様にも見えます。

私が滞在した4日間は雨も多く、

晴れの日は猫舎のお世話の合間に洗濯当番にも励みました。

1台しかない(現在は2台)洗濯機で100匹以上の犬猫の毛布やタオルを洗うので

洗濯の終る時間を見計らいすぐに干さないと一日ではとても終わらない作業で、

更に水道は下水事務所から引いてきたホース一本だけ、

手を洗うのも、用具を洗うのも、洗濯もぬかるんだ足場で

晴れていても長靴が欠かせませんでした。

でもゴールデンウィークには建築のスペシャリストさんがボランティアで来て

足回りや水回り、給湯などのインフラがすごい勢いで改善されたと聞きました。

今は犬達のシャンプーにトリミングも可能になったそうですshine

民間のボランティアパワーはすごいsign01

被災地では何度も何度もそれを感じました。

随分前に元宮城県知事の浅野史郎氏の講演を聞いたことがあります。

当時の宮城県は全国に先駆け行政とNPOとの協働事業を進めていて、

「行政に仕事の面白さを思い出させるのがボランティアの役割」と言われた

浅野氏の言葉を今でも覚えています。

「行政に何かやってもらおうと思うな!」

「ボランティアが一生懸命に楽しそうにやっているから、行政職員も本気になる」

「俺達もそれがやりたくて行政に入ったんだ!」と思いだすのだそうです。

だからボランティアは「一生懸命、楽しく」しないとダメなんですよ。

楽しくするコツは自分で仕事を探して動くことです。することはたくさんありますから。

「洗濯当番」も誰も任命してはくれません、自分からやるんです。

人が嫌がる仕事が意外に面白かったりするんです。

支援物資仕分けとか、洗濯とか、隔離病棟担当とかhappy01 

ボランティアさんは全国から色々な面々が集まっていました。

まったくの初めての方から、地元の方、そして全国的にも有名な動物愛護団体や

神戸市動物管理センターに関わっている方など、

犬舎、猫舎では各リーダーが決められ、作業も獣医師の指導の元進められました。

20代~30代が多かったかな、年下ばかりですがプロフェショナルな面々で

午前中のケージ&トイレ掃除、ご飯、お水交換、床掃除が終われば、

「猫舎はみんなに任せて洗濯に徹しよう」とこの私sign02が思うほどでした。

犬舎に関しては本当にプロ集団で、

怯えた犬も暴れる犬にも怯まず手を伸ばせる皆さんには畏敬の念すら抱きました。

犬猫は何が起きたか理解できないですものね、

何でこんな狭いケージに入れられて知らない場所にいるのか…weep

お腹が空いて気が立っているいる朝は特に危険、

私もうっかり油断して隔離病棟で『がれきの中から救助・感染症疑あり』の札の

目鼻も毛もグショグショの猫ちゃんに噛まれた時には「しまったsweat01」と思いましたがsweat01

消毒して、大したことないので大丈夫ですcoldsweats01

面白い事に、犬好きは犬に噛まれても「全然大したことないcoldsweats01」と言うし

猫好きは、猫に噛まれようが引っ掛かれようが「全然大丈夫bleah」と言う。

誰かしら毎日噛まれていました…catface

石巻は津波で壊滅的な被害を受けた地域以外は、

ガス以外のライフラインは8割程度復旧しているようでした。

知り合いのいる東京ガスは震災の翌日から

みんな1週間交代で被災地に入っていると聞きましたし、

石巻でも東京ガスだけでなく大阪ガスなど全国のガス職人さんが

粉塵舞う中、あちらこちらで作業をしていました。

みんながガスの復旧をまだかまだかと心待ちにしていますspa

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水道だって下水道だって全国で繋げる人がいるから私達は生きていける。

原発だって命がけて直している人達がいる…、

今回の災害で、ガスや電気や水道が当たり前に私達の元に届くには、

本当に多くの仕事人のおかげなのだと実感しました。

石巻市街地では4月中旬からイオンやコンビニ、ガソリンスタンド、レストランも

時間短縮、品数半分ですが営業再開しているので

被災地から少し離れればボランティアも飲食などに困る事はありません。

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石巻河南インター側のイオン石巻店の駐車場の壁面には、

広範囲にソーラーパネルが設置されていましたsun

カップラーメンなどは日数分持っていったのですが、

買い物もしないのにコンビニでお湯だけ頂くことは却って失礼では…と思い、

食事は被災地から離れた古川などの飲食店でいただきました。

(現在は救護センター内に簡単なキッチンコーナーも設置された模様…noodle

唯一の問題はお風呂と宿泊場所で…sweat02

テント泊や車中泊をされている方も半数近くいらっしゃいましたが、

「寒くて寝られない…sweat01」と言う声を多く聞きました。もちろんお風呂はなし…sweat02

(現在は近隣の道の駅などの温泉や銭湯も再開された模様…spa

私が行った4月は石巻周辺や仙台のホテルは、

災害復旧の業者さんやボランティアで全て満室だったので

思いきって石巻から車で2時間、大崎市の鳴子温泉に宿をとりました。

昔から湯治として栄えてきた鳴子温泉は素泊まりで三千円台で宿泊できます。

毎日片道2時間、往復4時間は大変でしたが、

ボラ仲間が一緒だったので道中も楽しく、また鳴子温泉のお湯は最高でしたspa

「テント泊でもしないと被災者の気持ちは分からない」と聞きます、

その通りだと思います、本当にごめんなさいm(_ _)m

でも、お風呂に入れない、寒くて寝られないのでは、翌日元気に動けない…sweat02

だって半日で髪も服も砂ぼこりで真っ白、顔も鼻の穴も拭けば真黒ですよ…sweat02

日中は汗かくほど、真っ赤に日焼けするほど暑いのに、

夕方から凍えるほど寒いんですよ…typhoon 東北の夜は本当に寒いんですmoon3

それに被害のない周辺地域でも震災後は観光客も少なく

皆さん経済的にも大変な状況に置かれています。

鳴子温泉にも観光客の姿はなく静かで、宿の方にとても喜ばれましたから、

被災地周辺でお金を使うことも大切な支援のひとつになるのではと思いました。

そして私達が宿泊した旅館のオーナーさんはチェックアウトの際に

地震の後に二日間も源泉が止まり、

三日目からは温泉が数メートルの高さまで噴き上げたこと、

地震の影響なのか硫黄成分も色も濃くなったこと、

そして、先の見えない不安について30分以上語られました。

最後に「落ち着いたらご家族でまた鳴子温泉にいらしてくださいね」と。

みなさん、震災について話すことで少しだけ不安が和らぐようでした。

私は宮城に、石巻に、田代島に、鳴子温泉に、

いつか必ず行きたいと願っています。いつかまた必ず・・・

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宮城県石巻へ~其の一~

宮城県石巻市から帰って3日も経つのになかなかブログが更新できずにいました。

実は被災地に着いても気持ち的に写真撮影はほとんどできず、

一眼レフを取りだしたのは4日目の帰る直前になってからでした。

でも、私は被災地に自分の足で立って、この目で見て、

行ける人はみんな現地を見て何か手伝った方がいいと感じました。

テレビの画面や写真だけでは伝わらない、

砂埃と潮の香りと魚と、あの混じった匂いを嗅げばこの震災を絶対に忘れないのにと。

言葉にするのは難しいですが

でも、被災地を見た人は、撮った人は、

何か伝え続けていかなければいけないのかなとも思うのです。

Img_2681a_2   

私がボランティア活動をした石巻動物救護センターは、

宮城県獣医師会が中心となって運営されていますが

東京の数人の獣医さん達も震災の翌日から被災地には入り、

そのまま現地に滞在して活動を続けています。

現在は、全国から来た獣医さんがとたくさんのボランティア達も参加しています。

昨年の宮崎口蹄疫から全国の獣医さんは大忙しのようですsweat02

地元石巻の獣医さんは自宅や動物病院が浸水したりと皆さん被災者でもありますが、

私達ボランティアの宿泊場所を確保する為に奔走したり、

ご実家を宿泊場所に提供されたりと動物の治療以外でも一生懸命でした。

実はある獣医さんのご実家には、

港近くの自宅が被災したご友人家族が避難されていたのですが

なんとその方は宮崎出身だったのです。

残念ながら私はゆっくり話をする時間がなかったのですが、

今度石巻に行く時は焼酎でもお土産にと考えています。

獣医のお父さんお母さんは昼間はシェルターにおにぎりやお昼を持ってきて、

「私達はボランティアのお世話しかできないから」と明るく言うのです。

被災地の方は元気でそして笑顔、皆さん気持は復興に向かっているんですね、

この方達の前で涙を見せるのは失礼だと、ボラ仲間と涙を堪えるのが大変でした。

100匹以上いる動物達は、避難所にいる方達からの一時預かりや

迷子で保護されている犬猫たちです。、

シェルターは獣医さんとボランティアの日々のお世話でかなり清潔に保たれ、

雰囲気してはペットホテルの様な感じでした。

毎朝、数人の飼い主さんが面会に見えていましたが

家族が面会に来てくれる犬猫はまだ幸せで、

明かに飼い猫だけど「○○で保護」と書かれ飼い主さんが不明だったり、

様々な理由で「一時預かり」が消され「所有権放棄」と書いてあるケージもありました。

また、避難所にいる多くの方達は自宅も車も流されてしまったので、

シェルターまで面会に来るのも難しいのです。

猫たちはいつまでもケージの中から「遊んで~」「出して~」と呼んでいましたし、

犬は隣のケージのワンちゃんに飼い主さんが面会に来ると事情が判るようで、

寂しそうに悲しげにその様子をずっと眺めていました。

みんな3月11日までは温かな普通のお家で幸せに暮らしていた犬猫たちです。

自分達がこんな大きな震災に遭ったらどうなるのだろう…と、

僅か4日間では大したお手伝いもできずに、

震災からテレビやパソコンの前で感じていた悶々とした気持ちは、

帰って来てからもまだ続いています。

私達は自宅に帰れば熱いお風呂に入り、手足が伸ばせる温かい布団で寝て、

いつでも好きなものを食べることができる、

でも被災地はまだまだ長く大変な復興の日々が続いていくのです。

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私も避難所周辺の調査に同行しました。

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この小学校にはニュースでも見た自衛隊が作ったお風呂があります。   

周辺地区をみんなと分かれてひとりずつ歩き、

ペットを抱え困っている人がいないか聞いて回ります。

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避難所の小学校の横には、まだたくさんの車が流されひっくり返り、

プールの中にも車が落ちたままでした。

子供達は毎日どんな気持ちでこの風景を見ているのだろうと胸が締め付けられます。

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初めて被災地に足を踏み入れた時は私でも恐怖を感じました。

「ここに住んでいる人がいるの・・・?」

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でも、浸水して壊れかかった住宅には今でも多くの方が住んでいました。

物資配布所ではおばちゃんに「あんた今からどっちに行く?」と声を掛けられ、

「足がないから家まで乗せて行って」とお願いされました。

皆自宅から支援物資配布所まで随分と距離がある道のりを歩いて来ているのです。

もちろん聞き取り調査ついでに自宅までお送りしたのですが、

そのおばちゃんは配布されたばかりの大切なおにぎりを私に

「あんたも持って帰りなさい」と何度も言うのです。

「いえ、私は大丈夫です」と答えるのですが、

「たくさんもらったらから一個持って帰りなさい」と車を降りても差し出してくれるのです。

家も車も失くした方がなんで他人に大切な食料を差しだせるのだろう、

石巻では悲しくて泣いたことは一度もありませんでしたが、

現地の方の優しさに触れて何度も涙がこぼれました。

本当に東北の人は強く優しいです。

この日は、被災した方から1匹の猫を預かり、

あと埋葬することもできず運動場に長く置いてあった犬の遺体を引き取りました。

犬猫の遺体を引き取り埋葬するのもセンターの大切な仕事のひとつのようでした。

その間も獣医師の先生達は避難所周辺で往診に走り回っていました。

石巻動物救護センターでは、まだまだ支援物資と義援金を募集しています。

募集物資は日々変わりますからどうぞホームページを確認して送って下さいね。

ボランティアさんもまだまだ募集中、

石巻市は広いんですよ、甚大な被害を受けた女川も石巻市、

ボランティアはどんなにいても足りません。

飼い主さんが大切な家族でもあるワンちゃん、猫ちゃんと暮らせるようになるまで、

細~く長~く、支援していきたいと誓いました。

宮崎からでも決して遠くないsign01

震災ボランティアには海外からもたくさんの方が参加しています。

犬猫のボランティアでなくてもいいんですよ、炊き出しでも、泥出しでも、

「これは仕事ではありません、皆さんボランティアですから楽しくやってください」と

毎朝の朝礼で挨拶があるようにボランティアもみんな毎日楽しく動いています。

ゴールデンウィークが終わっても復旧復興はまだまだ長~く続きます。

自分に何かできるだろうか?

大丈夫ですsign01洗濯や掃除や支援物資の仕分け、

猫と遊ぶsign02犬の散歩sign01と現地ですることは何でもありました。

私も今からまた何が出来るのかを考えてみたいと思います。

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4月の募金箱~石巻動物救護センターへ

4月のうたたね募金箱に頂きました皆様からの募金は、11,800円でした。

ありがとうございましたm(_ _)m

3月分は緊急災害時動物救援本部に義援金として振り込ませて頂きましたが

4月分は「石巻動物救護センター」へ支援物資を購入させていただきました。

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こちらのホームページの物資の支援用掲示板には、

事務局からニーズリストが書いてありますので、

現在、希望されているシステムメタルラック3個を注文いたしました。

え~sign02 直接ワンコ、にやんこの為になる

キャットフードがいいんじゃないの~sign02と思いますが…、

実は現場で一番欲しいひとつが棚なんですね、

私も今回、関東の大規模な震災レスキューの現場と、

こちらの救護センターにお手伝いに行って分かりましたsign03

現場で一番大変なのは支援物資の山の仕分けと保管sign03

これが出来ていないと衛生管理にも犬猫のお世話にも支障がでます。

支援物資の整理整頓ができているとお世話もスムーズ、

朝の「ごはーん!」「ごはーん!」攻撃にもすぐに対応できます。

そんに訳で現場で私も一番欲しいと思った

下記のシステムメタルラック3個を選び、

皆様からの募金に+スタッフも寄付をして注文、配送手配させていただきました。

4536863201149_2 

一日も早く被災された方々が普通の生活に戻り、

大切な家族である犬猫たちと一緒に暮らせますようにと祈っております。

これからも細く長~く、

東日本大震災で被災した犬猫たちの支援も続けていきたいと思っています。

引き続き、皆様のご協力をお願いいたしますo(_ _)o

~追記~

実はお客様から「フードを100kgほど用意したので持っていったほしい」と、

ありがたい申し出をいただきましたが、

すみません、私の細腕sign02では東北まで持っていけませんでしたので、

一部は宮崎の動物愛護団体に寄付いただきました(*_ _)人ありがとうございました。

宮崎~東北まで支援物資を送ると宅配便の配送料が高いですから

楽天やヤフーショッピングなどの通販で「送料込み」を選ぶとお得ですnote

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