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宮城県石巻へ~其の二~

石巻市街地で津波の壊滅的な被害を受けた地区は仙石線から海側、

線路から陸側は震災から45日が過ぎ、

床上下浸水の清掃もほぼ終り日常生活を取しつつある様に見えました。

石巻動物救護センターも線路から陸側、TVでよく見る石巻赤十字病院のすぐ前の

宮城県東部下水道事務所の敷地内にあり、

プレハブとテントを繋げて作られたシェルターはまるで野戦病院の様にも見えます。

私が滞在した4日間は雨も多く、

晴れの日は猫舎のお世話の合間に洗濯当番にも励みました。

1台しかない(現在は2台)洗濯機で100匹以上の犬猫の毛布やタオルを洗うので

洗濯の終る時間を見計らいすぐに干さないと一日ではとても終わらない作業で、

更に水道は下水事務所から引いてきたホース一本だけ、

手を洗うのも、用具を洗うのも、洗濯もぬかるんだ足場で

晴れていても長靴が欠かせませんでした。

でもゴールデンウィークには建築のスペシャリストさんがボランティアで来て

足回りや水回り、給湯などのインフラがすごい勢いで改善されたと聞きました。

今は犬達のシャンプーにトリミングも可能になったそうです

民間のボランティアパワーはすごい

被災地では何度も何度もそれを感じました。

随分前に元宮城県知事の浅野史郎氏の講演を聞いたことがあります。

当時の宮城県は全国に先駆け行政とNPOとの協働事業を進めていて、

「行政に仕事の面白さを思い出させるのがボランティアの役割」と言われた

浅野氏の言葉を今でも覚えています。

「行政に何かやってもらおうと思うな!」

「ボランティアが一生懸命に楽しそうにやっているから、行政職員も本気になる」

「俺達もそれがやりたくて行政に入ったんだ!」と思いだすのだそうです。

だからボランティアは「一生懸命、楽しく」しないとダメなんですよ。

楽しくするコツは自分で仕事を探して動くことです。することはたくさんありますから。

「洗濯当番」も誰も任命してはくれません、自分からやるんです。

人が嫌がる仕事が意外に面白かったりするんです。

支援物資仕分けとか、洗濯とか、隔離病棟担当とか 

ボランティアさんは全国から色々な面々が集まっていました。

まったくの初めての方から、地元の方、そして全国的にも有名な動物愛護団体や

神戸市動物管理センターに関わっている方など、

犬舎、猫舎では各リーダーが決められ、作業も獣医師の指導の元進められました。

20代~30代が多かったかな、年下ばかりですがプロフェショナルな面々で

午前中のケージ&トイレ掃除、ご飯、お水交換、床掃除が終われば、

「猫舎はみんなに任せて洗濯に徹しよう」とこの私が思うほどでした。

犬舎に関しては本当にプロ集団で、

怯えた犬も暴れる犬にも怯まず手を伸ばせる皆さんには畏敬の念すら抱きました。

犬猫は何が起きたか理解できないですものね、

何でこんな狭いケージに入れられて知らない場所にいるのか…

お腹が空いて気が立っているいる朝は特に危険、

私もうっかり油断して隔離病棟で『がれきの中から救助・感染症疑あり』の札の

目鼻も毛もグショグショの猫ちゃんに噛まれた時には「しまった」と思いましたが

消毒して、大したことないので大丈夫です

面白い事に、犬好きは犬に噛まれても「全然大したことない」と言うし

猫好きは、猫に噛まれようが引っ掛かれようが「全然大丈夫」と言う。

誰かしら毎日噛まれていました…

石巻は津波で壊滅的な被害を受けた地域以外は、

ガス以外のライフラインは8割程度復旧しているようでした。

知り合いのいる東京ガスは震災の翌日から

みんな1週間交代で被災地に入っていると聞きましたし、

石巻でも東京ガスだけでなく大阪ガスなど全国のガス職人さんが

粉塵舞う中、あちらこちらで作業をしていました。

みんながガスの復旧をまだかまだかと心待ちにしています

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水道だって下水道だって全国で繋げる人がいるから私達は生きていける。

原発だって命がけて直している人達がいる…、

今回の災害で、ガスや電気や水道が当たり前に私達の元に届くには、

本当に多くの仕事人のおかげなのだと実感しました。

石巻市街地では4月中旬からイオンやコンビニ、ガソリンスタンド、レストランも

時間短縮、品数半分ですが営業再開しているので

被災地から少し離れればボランティアも飲食などに困る事はありません。

Img_2110

石巻河南インター側のイオン石巻店の駐車場の壁面には、

広範囲にソーラーパネルが設置されていました

カップラーメンなどは日数分持っていったのですが、

買い物もしないのにコンビニでお湯だけ頂くことは却って失礼では…と思い、

食事は被災地から離れた古川などの飲食店でいただきました。

(現在は救護センター内に簡単なキッチンコーナーも設置された模様…

唯一の問題はお風呂と宿泊場所で…

テント泊や車中泊をされている方も半数近くいらっしゃいましたが、

「寒くて寝られない…」と言う声を多く聞きました。もちろんお風呂はなし…

(現在は近隣の道の駅などの温泉や銭湯も再開された模様…

私が行った4月は石巻周辺や仙台のホテルは、

災害復旧の業者さんやボランティアで全て満室だったので

思いきって石巻から車で2時間、大崎市の鳴子温泉に宿をとりました。

昔から湯治として栄えてきた鳴子温泉は素泊まりで三千円台で宿泊できます。

毎日片道2時間、往復4時間は大変でしたが、

ボラ仲間が一緒だったので道中も楽しく、また鳴子温泉のお湯は最高でした

「テント泊でもしないと被災者の気持ちは分からない」と聞きます、

その通りだと思います、本当にごめんなさいm(_ _)m

でも、お風呂に入れない、寒くて寝られないのでは、翌日元気に動けない…

だって半日で髪も服も砂ぼこりで真っ白、顔も鼻の穴も拭けば真黒ですよ…

日中は汗かくほど、真っ赤に日焼けするほど暑いのに、

夕方から凍えるほど寒いんですよ… 東北の夜は本当に寒いんです

それに被害のない周辺地域でも震災後は観光客も少なく

皆さん経済的にも大変な状況に置かれています。

鳴子温泉にも観光客の姿はなく静かで、宿の方にとても喜ばれましたから、

被災地周辺でお金を使うことも大切な支援のひとつになるのではと思いました。

そして私達が宿泊した旅館のオーナーさんはチェックアウトの際に

地震の後に二日間も源泉が止まり、

三日目からは温泉が数メートルの高さまで噴き上げたこと、

地震の影響なのか硫黄成分も色も濃くなったこと、

そして、先の見えない不安について30分以上語られました。

最後に「落ち着いたらご家族でまた鳴子温泉にいらしてくださいね」と。

みなさん、震災について話すことで少しだけ不安が和らぐようでした。

私は宮城に、石巻に、田代島に、鳴子温泉に、

いつか必ず行きたいと願っています。いつかまた必ず・・・

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